2017.02.23
[こころのライフワーク]Vol.02
〜命のもつ可能性を大切にして生きる〜
ご好評いただいている新宿瑠璃光院のコラム『白蓮華堂便り』。今シリーズは、光明寺住職・大洞龍明著『こころのライフワーク』(主婦と生活社)から連載して参ります。皆さまの人生がより豊かになりますよう、お手伝いできましたら幸いです。
ささいな喧嘩が大戦争へ
前回のコラムで、Oさんという女性が語ってくださった法話を紹介しました。Oさんは法話を、「命を、その命のもつ可能性を大切にして生きたい」としめくくってくれました。
私たちは、どのようにすれば、「命のもつ可能性を大切にして」生きることができるのでしょうか?
江戸時代の法語集である『十善法語(じゅうぜんほうご)』に、嫁と姑の喧嘩が大戦争を引き起こしたという話があります。
インドに貧しい家がありました。貧しさのせいもあって嫁と姑の仲がよくありません。ある日、嫁が食事の仕度をしていると、姑が小言をいいました。それがしゃくにさわった嫁は、庭に出るとたまたまそこにいた羊にあたります。手にもっていた燃えさしの薪で、「羊のバカヤロー!」と叩いたのです。
すると、薪の火が羊の毛について全身に広がりました。火だるまになった羊は悲鳴をあげて、わら小屋に逃げ込みます。今度は小屋が燃え、ちょうど強まっていた風に乗り、火は隣家へ。そして、街は大火となり、やがて火は国王の象舎に飛び火します。さらには、驚いて像舎から逃げ出した像が隣国に走り、そこで大暴れしたため大勢の死傷者が出ました。これがもとで、両国は数十年にわたって戦争をする破目になったということです。
これに近い実話があり、それにもとづいてできたお話でしょう。
悲劇に含まれた教訓とは
日本にもよく似たお話があります。平安時代初期の「応天門の変」を題材とした『伴大納言絵詞(ばんだいなごんえことば)』がそれです。その高い芸術性から国宝に指定されているこの絵巻物は、応天門の炎上から始まります。
大納言伴善男は(だいなごんとものよしお)は、応天門を放火した犯人は左大臣源信(みなもとのまこと)だと清和天皇に偽りの告げ口をし、天皇はそれを真に受けて信を罰することにしました。その逮捕の直前に太政大臣藤原良房が天皇に軽挙をつつしむよう進言し、事件は未解決のまま、いったんはおさまります。
それから半年後。都の町角で子供の喧嘩がありました。隣同士に住む伴大納言家の下輩(目下の者)と皇族の警護にあたる舎人の子同士のささいな喧嘩でしたが、下輩と舎人は日頃から仲が悪いものですから、喧嘩と知って、まず下輩が家を飛び出し、わが子の喧嘩相手の舎人の子を殴る蹴るして、死なんばかりに痛めつけました。
そこに舎人が現れ、今度は親同士の喧嘩に。下輩が主人の大納言の権威をカサにきて舎人を愚弄するのに、舎人は堪忍袋の緒が切れ、半年前の応天門炎上の犯人は伴大納言だと口走ります。「現にこの目で火をつけるところを見た」と公言したのです。この公言は都の人々によって広まり、やがて検非違使の知るところとなります。その結果、伴大納言父子は遠島となり、名族であった伴家はついに命脈を断たれてしまうのです。
放火の真偽はさておいても、ささいな子供の喧嘩が、ついには歴史的名族をほろぼしたこの逸話には、多くの教訓が含まれているといえるでしょう。シェイクスピア劇『ロミオとジュリエット』もまたしかり。競い合う名家の息子が街中で喧嘩をしたことから、悲劇はスタートします。
命のあらかたを、諍い、喧嘩、争いに費やすのは愚者である
十善法語の話も、伴大納言絵詞のエピソードも、さらには『ロミオとジュリエット』も、それぞれ歴史に残る大悲劇です。しかし大悲劇のもととなるささいな喧嘩や争いは、私たちの日常のものです。決して他人事ではないのです。
前回ご紹介したOさんの法話は、「命を、その命のもつ可能性を大切にして生きたい」と結ばれています。では、「命のもつ可能性を大切にした」生き方とはどういう生き方か。この問いに対する唯一無二の正解はないかもしれません。しかし、せっかくこの世に生まれた命のあらかたを、諍い、喧嘩、争いに費やす生き方が、「命のもつ可能性を大切にした」生き方ではないことは明らかです。
―― 果たして、自分は愚者になっていないか?
―― 命のもつ可能性を無駄にしてはいないか?
今一度、ご自身を振り返ってみてください。
次回も、引き続き、生きるとは何かについて考えていきたいと思います。
【著者略歴】
大洞龍明(おおほら たつあき)
1937年岐阜市に生まれる。名古屋大学大学院・大谷大学大学院博士課程で仏教を学ぶ。真宗大谷派宗務所企画室長、本願寺維持財団企画事業部長などを歴任。現在、光明寺住職、東京国際仏教塾塾長。著書に『親鸞思想の研究』(私家版)、『人生のゆくへ』(東京国際仏教塾刊)、『生と死を超える道』(三交出版)など。共著に『明治造営百年東本願寺』(本願寺維持財団刊)、『仏教は、心の革命』(ごま書房刊)がある。